0 1
説明のつかないこと
32歳のころ、私は看護師として職場に復帰しました。同期に、上野さんという方がいました。
上野さんが受け持つ部屋だけ、様子が違うのです。患者さんが予定より早く退院していく。食が細くなっていたお年寄りが、上野さんが声をかけると食べる。そして——傷の治りまで早い。
これは、看護技術のエビデンスでは説明がつきません。「新しい薬でも使いましたか?」と聞きたくなるレベルでした。
私は聞き続けました。「どういう技術を磨いたら、そんなふうに患者さんをよくできるんですか」
上野さんの答えは、いつも「何もやってない」。
そんなわけがない。だって結果が違うのだから。
0 2
55,000円
ある日、しつこさに根負けした上野さんが言いました。
「あんた、しつこいから。会わせたい人がいるから、連れて行ってあげる」
それだけ言われて連れて行かれた先が、タマラのセミナーでした。
50人ほどいる部屋に入った瞬間、私は分かりました。
「あなたが私に会わせたい人って、あの人でしょう」——つかつかと歩いて行って、こう言いました。
初めまして。私にくださるもの、ありますよね?
「タマラって聞いたことある?」
いま初めて聞きました。でもそれですね。ください
「55,000円かかるけど、いいの?」
あ、昨日ちょうど55,000円勝ちました。それ、持ってます
「あら。なるべくして、ここに来たのね」
その場で、伝授されました。
0 3
10年、放っておいた
正直に言うと、そのあと10年ほど放っておきました。使い方が分からなかったのです。「持っていればいいんだよ」と言われて、それきり。
それでも、自己肯定感は少しずつ上がっていきました。患者さんに何かを提供すると、やはり治りが少し早い。私と上野さんにしか起こらないことが、確かに起きていました。
0 4
自分が、がんになった
転機は、自分ががんになったことでした。
そのとき私が考えたのは、こういうことです。
「タマラで、がん細胞に行く血管を切れば、なんとかなるんじゃないか」
やってみました。
結果として、ステージ4と言われていたものが、手術で取り切ることができました。
何が効いたのかは、正直、分かりません。
ただ私はこのとき思ったのです。——これは、もっと戦略的に、意図的に使ったほうがいいのではないか。
0 5
4か月、データを取った
私は透析室で働いていました。毎日が実験の場です。
働いているとエネルギーを持っていかれる感覚がある。それをどうにかしたい。ではタマラを使った日と使わない日で、何が変わるのか。自分ひとりでやったときと、自分よりエネルギーがあると言われる方の誘導のもとでやったときで、何が変わるのか。
食べたもの、体の状態。合計4か月、記録し続けました。
出てきた結果は、私の予想とは逆でした
| 食物繊維の摂取 | 自分ひとりのときのほうが、きちんと摂れていた |
|---|---|
| 体の反応 | 誘導していただいたときのほうが、良かった |
| 患者さんへの施術 | タマラを使って足のマッサージをしたときと、しないときで、結果が変わっていった |
——もう、信じるしかないよね。
そこに行き着きました。
0 6
師との出会い
コロナ禍で、Zoomが当たり前になりました。それまで北海道にはアクティベーターがいませんでした。会いたければ東京へ行くしかなく、私にはそのお金も時間もありませんでした。Zoomのおかげで、全国の方と話せるようになりました。
京都にいる、私がエネルギーの師匠と呼んでいる方が、当時「エネルギーがどれだけ届くか感じてほしいから」と、無料の体験をしてくださっていました。送っていただいたときの、あの包まれるような重厚感。衝撃でした。
大阪にいる、技術の師匠と呼んでいるりみさんは、ご自身が脳腫瘍になったとき、血管が絡んでいて手術ができない、もう打つ手がないと言われた方です。その方が「2週間で消します」と言って、実際に2週間後のMRIで腫瘍が確認できなくなっていた——と伺っています。
りみさんは、オリンピックの強化選手(重量挙げ)の体も見ていらっしゃいました。その方がついている時とついていない時で、選手の表彰台の上がり方が違うのです。
ここまで見てしまうと、もう理屈ではありませんでした。
0 7
いま、私がやっていること
それからの私は、ひとつのことだけを考えてきました。
やりたいことを引き起こすには、エネルギーをどう使えばいいのか。
体を整えるという意味でも、望みを叶えるという意味でも。それを患者さんに、そして自分自身に、試し続けてきました。
いまお届けしているセッションと講座は、その20年分です。
